大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 平成4年(わ)1224号 判決 1993年11月05日

主文

被告人を禁錮二年に処する。

未決勾留日数中二八〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、平成四年九月一四日午後四時六分ころ、業務として大型貨物自動車(最大積載量八七五〇キログラム)を運転し、千葉県香取郡下総町滑川字内沼一四六二番地一先の警報機の設置されている東日本旅客鉄道株式会社成田線大菅踏切を同町名古屋方面から国道三五六号線方面に向かい通過するにあたり、同所手前は右方に湾曲する下り坂で前方の見通しが困難であり、かつ、自車は最大積載量の約四倍の約三万七〇〇〇キログラムの山砂を積載していたため制動効果が低下していたのであるから、あらかじめ減速して速度を調節し、制動装置を的確に操作し、右踏切を通過する電車との衝突事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意があるのにこれを怠り、漫然時速約四〇キロメートルで進行した上、同踏切の手前で警報機の警報に従い通過列車待ちのため停止していた普通乗用自動車を前方約74.8メートルの地点に認めたのに同車の後方に停止できるものと軽信し、直ちに急制動の措置を講じなかった過失により、同車の後方約46.5メートルに至って同車と衝突する危険を感じ、右にハンドルを切ってその右側方に進出し同車との衝突を回避したが同踏切手前で停止できず、時速約二〇キロメートルで同踏切内に進入し、折から左方から進行してきたA(当時四六年)運転の千葉駅発佐原駅行普通電車(第一四五七M号)先頭車両前部に自車左荷台側面部を衝突させて右電車を脱線させて電車の往来の危険を生ぜしめるとともに、同人に対し、胸腹部打撲・圧迫等の傷害を負わせ、同日午後七時二〇分ころ、同所において、同人を右傷害により死亡させたほか、別表記載のとおり、右電車の乗客B(当時一八年)ら六七名に対し、それぞれ傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、訴因として記載されている過失につき、速度が出過ぎていた点は認めながら、急制動の措置を講じなかったことが過失であるとの点は争い、また、本件事故にはその他の原因が競合していると主張し、踏切警告措置が不十分である等の道路構造、管理上の問題点とブレーキに異常が存在した可能性とを指摘する。

以下、弁護人の主張に即して、補足して説明する。

二  事故直前の被告人の運転状況

ところで、事故直前の被告人の運転状況について、被告人の第七回公判期日における供述とそれ以前の供述(<書証番号等略>)との間には、矛盾があり、供述の変遷がある(主としてブレーキ操作についての部分には大きな変遷がある。)ので、まずこの点について判断しておく。その食違いは次のとおりである。すなわち、捜査段階及び裁判所の検証においては一貫して、踏切直前で停止している車両を発見した地点(以下②地点という。判示認定事実において急ブレーキをかけなかったとの過失の存在を認めた地点に相当する。)の手前114.3メートルの地点(以下①の地点という。)で排気ブレーキをかけて坂を下り、②の地点で右の停止車両を発見してフットブレーキをかけ、更に進行して警報機の赤点滅を見てブレーキをかけたが、このままでは右の停止車両の後方では止まれないと判断してダブルブレーキをかけ、追突を避けてハンドルを右に切り、その後踏切の手前で停止できると思い通常のブレーキをかけたと供述しているのに対して、第七回公判期日においては一転して、①のずっと手前で排気ブレーキをかけ、続いてフットブレーキをかけ、①ではダブルブレーキをかけ、②に至るまでの間数回ブレーキをかけ、②に至って強めのブレーキをかけ、その後も絶えずブレーキをかけ続けたと供述する。そして、これまでの供述とは異なった供述をするに至った理由について、裁判所の検証の際に、事故後初めて過積載のダンプに乗ったが、そうした体験をすることによってやっと今までの記憶の誤りに気付いたためであると述べる。しかし、それ以前の供述は、いずれも、被告人が、現場の状況を目前にして、その現場の状況に即して供述したものであるか、あるいは、現場を見て、現場の状況を十分承知した後で供述したものであって、しかも現場には二度、三度と行っており、それでもなお一貫して同じ供述をしていたことを考えると、右の理由をもって、突然供述を変えた理由とするには、なお納得し得ないものが残る。また、それ以前の供述は、被告人がいろいろなブレーキ操作をした状況を、その時々の具体的な事態、事象に応じて、すなわち、あるいはカーブ等の道路状況に応じ、あるいは踏切直前に停止する車両の目撃に応じ、あるいは赤点滅をする警報機の目撃に応じて、それらに反応しながらとった措置として、いずれも具体的に述べられているのであるから、それらの供述が単に記憶違いであったということだけでは説明し切れないというべきである。さらに、公判供述(第七回)は、ブレーキをかけた際、ブレーキの手応えがなかったなどというブレーキの効力に疑いを抱かせるような供述までともなっているが、以前の供述においては何度もブレーキに言及しながら、そうした供述は一切なされていなかったばかりか、これまでは、むしろ、一貫して、ブレーキは正常であったとか、正常であることを前提にした供述がなされていたことを考慮すると、ブレーキの効力に関する公判供述がなぜ従前と異なる供述になったのか、これもまた、過積載の車両に乗ったことによって初めて思い出したものであるとすれば、それは不可解というほかはない。結局、第七回公判の被告人の供述は信用できず、被告人の事故直前の運転状況は、変更前の供述(<書証番号略>)に沿って認定するのが相当である。したがって、以下においては、これを前提にして論を進めることとする。

三  弁護人は、被告人が②地点で急ブレーキをかけなかったことが過失であるとする点を争っている。

ところで、被告人は、②地点ではフットブレーキをかけたものの、多少強めにかけた程度に過ぎなかったことが認められる(<書証番号略>)。

裁判所の検証の結果(裁判所の検証調書)及び警察で実施したブレーキ制動実験の結果(証人日野治彦の証言、<書証番号略>)によれば、②地点において、最短距離で停止できるようにブレーキ操作をし、あるいは急制動に近い踏切で踏み込むようにブレーキ操作をすれば、被告人運転車両は踏切直前で停止している車両の後に停止でき、本件事故を回避できたことは明らかである。そして、被告人は、前記のとおり、②地点ではフットブレーキをかけたものの、多少強めにかけた程度に過ぎなかったのであるから、この点に過失があることも明らかである。

なお、弁護人は、いずれの実験においてもいわゆる空走距離が十分考慮されていないとして、実験の結果の制動距離に空走距離を加算する必要があり、そうすれば、踏切直前で停止している車両の後で停止できず、事故を回避することはできなかったなどの主張をしているが、いずれもそれら実験の方法から、その主張は理由がないというべきである。

四  弁護人は、踏切警告措置が不十分であったことが、本件事故の原因の一つであると主張する。

しかし、被告人は事故現場の踏切と付近の道路を事故前に数回通っており、特に事故直前ともいうべき九月三日ころと九月八、九日ころに通った際は、事故時と同じように山砂を四〇トン程積んだダンプを運転して通過しているばかりか、いずれの際もこれまでと同じ様に時速二〇キロメートルから三〇キロメートルに速度を落として運転しているのであって(<書証番号略>)、被告人は現場付近の道路の状況と現場付近では速度の出し過ぎは許されないとの認識は十分あったと認められるうえ、被告人は、事故当時、現に、過積載の三七トンにも達する山砂を積載し、ダンプを運転して下り坂を進行し、しかも前方の状況、道路の状況をその目で見ながら進行していたのであるし、踏切の存在についても、進行する先にあることは十分認識していたが、ただそれがもうひとつ先のカーブの向こうにあったかもしれないと考えていた(<書証番号略>)に過ぎないのであるから、被告人が現に認識している自己の運転する車両の状況、進行している道路の状況等を前提にすれば、そのことだけで、被告人には、②地点に至るまでの間に、毎時四〇キロメートルという速度をもっと減ずべき義務があったということになると解されるのである。したがって、弁護人の主張するような「踏切警告措置が不十分であったこと」は、被告人の過失の成否とか、本件事故の原因とかに関して論ずる限り、関係がないというべきである。

五  さらに、弁護人は、被告人運転車両のブレーキには、その制動能力を低下させる何らかの異常が発生していた可能性が高いとして、(1)ブレーキドラムとライニングとの間に不均等な隙間等があったこと、(2)フェード現象を起こした可能性があることを主張する。

しかし、本件車両の整備状況をみると、平成三年八月二八日の一〇〇〇Km時の点検時にはブレーキ装置に異常はなかったこと、同年九月二四日の五〇〇〇Km時の点検時には前回と同様にブレーキ装置に異常はなく、ブレーキドラムとライニングとの隙間の調整がなされていること、そして本件事故発生の一か月少し前である同四年八月五日の一二ヵ月定期点検時には後輪のブレーキライニングが全部新品と交換され、その結果ブレーキ装置は十分に整備され、故障はなかったものであること、また事故後の鑑定の結果によれば、被告人運転車両のブレーキ装置は、その外観検査、部品検査のいずれにおいても故障はなく、制動効果を低下させるような所見はなく、したがって、十分な制動機能を有していたものであることが認められる(<書証番号略>、証人最上和生の証言)。

そして、弁護人主張のブレーキドラムとライニングとの隙間については、事故後の本件車両には、確かに隙間の間隔幅が不均等であり、一部整備基準値に合致していない部分があるけれども、本件程度のものであれば、十分な制動力が発生するというのであるし(<書証番号略>、証人最上和生の証言。なお、証人最上和生は、基準値に合致しない間隙等は、約一ヵ月前の点検時に適切な調整を受けていたことから、主に本件事故の影響で拡大したものと考えている。)、同じく弁護人主張のフェード現象発生の可能性については、現場付近の道路状況がブレーキを多用してフェード現象を生じさせるようなものではなかったし、現にフェード現象が生じていた痕跡はブレーキライニングになかったというのである(<書証番号略>、証人最上和生の証言)。

なお、被告人は、当公判廷(第七回)において、①地点の手前からブレーキをかけ続けたが、常と違ってブレーキの手応えがなかったなどと供述し、ブレーキ装置に故障の存在を疑わせるような供述をしているが、被告人は、それ以前には、何度もブレーキのことについて述べながら、一切そうした供述をせず、むしろ捜査段階においては、ブレーキは正常に作動していたとか、故障はなかったと述べている(<書証番号略>)ことは前述のとおりであるから、公判供述の信用性には疑問があるというべきである。

また、被告人は、これまで複数回、本件事故を起こした際と、同じダンプを運転し、ほぼ同量の山砂を積載し、同じ経路を辿り、同じ踏切を通過するという経験をしているが、いずれの際においても、被告人の運転車両にはブレーキ装置はもち論その他の点においても、何の異常も生じていなかったというのであるから、道路の状況等を原因とし、ブレーキを多用するなどし、その結果フェード現象等の異常が生ずるようなことはないといわざるを得ないことを付言しておこう。

以上の事実を総合すれば、弁護人の主張はブレーキの故障の可能性を指摘したに止まるものといわざるを得ず、証拠によれば、ブレーキ装置には故障はなかったというべきであって、弁護人の主張は採用できない。

六  結論

以上のとおりであるから、弁護人の主張はいずれも採用できないことに帰し、本件は証明十分ということになる。

(法令の適用)

判示所為 死傷の結果を発生させたことにつき

各被害者毎に刑法二一一条前段

往来の危険を発生させたことにつき

刑法一二九条一項

科刑上一罪の処理 刑法五四条一項前段、一〇条(一罪として刑及び犯情の最も重いAに対する罪の刑で処断)

刑種の選択 禁錮刑選択

未決勾留日数の算入 刑法二一条

訴訟費用の負担 刑訴法一八一条一項本文

(量刑の理由)

本件は、被告人が、最大積載量を約四倍をも超える過積載の状態で、踏切に向う下りの坂道を通過する際、スピードを出し過ぎ、また適切なブレーキ操作をしなかったことにより発生した事故であって、過積載の程度、状況を考えれば通常よりなお一層の慎重な運転が求められるべきところであって、その他道路の状況等をも考えれば、その運転状況はいかにも安易であったと言わざるを得ず、被告人の過失の程度は大きい。その結果、被告人は下りていた遮断機を折って踏切内に進入し、踏切を通過しようと進行して来たJR電車を自車に衝突させ、電車の運転士を死亡させ、六七名もの多数の乗客に重軽傷を与えたものであって、結果もまた重大である。また、車両損傷等によりJRに与えた物的損害は莫大な額に達する(JRの計算によるとその額は一億円を越える。)。むしろ、本件事故の態様、乗客の数等を考えるともっと大きな被害が発生する危険性があったと言うべきであり、死者一名に止まったことは幸いとしなければならない。そして、被害者に落度が全くなかったことは言うまでもない。以上の諸事情に照すと、被告人の責任は重大である。

しかし、被告人は、本件事故を反省し、被害者とその遺族に謝罪して慰謝の措置を講じ、傷害を受けた者の大半とは示談が成立し、死亡した運転士の遺族や、その他の傷害を受けた者との間でも示談が成立することは確実であること、これまで前科がないこと等被告人のために酌むべき情状がある。

そこで、以上の諸事情を考慮し、主文のとおり、量刑した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官北島佐一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例